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season stories

トラの干支飾り(?) 三浦しをん

一九八五年、阪神タイガースは日本シリーズで優勝した。当時の阪神は、「ハレー彗星が地球に接近する頻度と同じぐらい間遠にしかリーグ優勝しない」と言われるような弱小球団で、それが日本シリーズで初優勝したものだから、ファンの歓喜はとどまるところを知らなかった。

と、したり顔で書いているが、私はひいきの球団は特にないし、そのころは小学生だったので、「大変な騒ぎだなあ」と思っていただけだ。それでも、八五年の阪神優勝は非常に印象深い。私の父親が、熱烈すぎる阪神ファンだからだ。

セ・リーグでの優勝が視野に入ってきたころから、父の様子がおかしくなった。そわそわして、仕事も、幼児だった私の弟の世話も、明らかに気もそぞろにこなしてる感じ。通販したらしい阪神の応援グッズが家にどんどん届きはじめ、たしか日本シリーズ優勝を決めた暁だったと思うが、阪神とコラボした缶ビール(トラの絵がプリントされている)が極めつけにどかんと何ダースか到着した。どんだけ浮かれてるんだ。

しかも父は喜びのあまり、その缶ビールを阪神ファンではない友だちにも配りまわった(迷惑)。母と私は、「まあ、ハレー彗星と同じだもんね。一生に一度味わえるかどうかのことだから……」と諦めていたのだが、さすがに「お父さん、もうやめて……!」と涙ながらに羽交い締めしたことだ(大げさ)。

そして肝心なのは、翌八六年が寅年だったという点だ。

正月、例年どおり茶の間に小さな鏡餅と花を飾ったのだが、花は、花瓶ではなくトラ柄のビール缶に挿してあった。父が缶を加工して飲み口を広げ、「寅年だし、今年の正月はこれをぜひ花瓶として使ってほしい」と母に懇願したからである。どんだけうれしかったんだよ、阪神優勝が……!

寅年がめぐってくるたび、ものすごくいいタイミングで優勝した阪神と、父の欣喜雀躍ぶりを思い出す。コラボ缶を干支飾りに代用するのはやりすぎではと、阪神ファンならぬ身としては思うのだが。

三浦しをん

2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。『風が強く吹いている』『のっけから失礼します』など著書多数。最新小説は『エレジーは流れない』。