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憧れの丸焼き 三浦しをん

レストランのメニューに、「メインの料理を魚か肉かお選びください」とあったら、必ず肉を選ぶ。「鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉からお選びください」とあったら、ダントツで羊、次善の策として牛である。鶏肉?よせやい、淡白すぎるぜ。あたしゃあ、ガツッとした肉の味とにおいを堪能したいんだ。

つまり食の嗜好がギラついているのだが、そんな肉食恐竜みたいな私にも、憧れの「鶏肉料理」がある。鶏の丸焼きだ。

子どものころ、絵本で鶏の丸焼きを見かけてはよだれを垂らしていた。オーブンから取りだされる、おなかが丸々として、てりてりと焼き色のついた鶏の丸焼き。彩りよく大皿の縁に並べられた野菜やイモが、鶏の丸焼きを囲んでいる。

おいしそう! ものすごく食べてみたいけど、うちの食卓では見たことがない……。私は母が作った鶏の唐揚げを、「きっと鶏の丸焼きもこういう感じなんだろう」と自分に言い聞かせながら味わった。唐揚げと丸焼きでは形状が全然ちがうし、味つけもまったく異なるのではという気が薄々したが、まあ唐揚げもおいしい食べ物であることにはまちがいないから、満足であった。

とはいえ大人になっても鶏の丸焼きへの憧れはやみがたく、しかし一人暮らしの拙宅にはオーブンがないし、料理の腕前にも自信がないため、あいかわらず「食べてみたいなー」とよだれを垂らしながら漠然と思うばかりだった。

そんなある年のクリスマス。料理上手な友人の家で、パーティーという名の飲み会が開催された。果物やワインを持って馳せ参じた私は、友人が台所からテーブルに運んできた大皿を見て歓声を上げた。

「鶏の丸焼きだ!」

ほかほかと湯気の立つ丸焼きを、友人が切りわけてくれる。鶏のおなかには、ガーリックの利いたイモが詰まっていた。肉もジューシーで、ハーブの香りと塩気がたまならぬハーモニーを奏でている。

念願かなって食べることができた鶏の丸焼きは想像以上のおいしさだった。友人は、「また作るよ」と言ってくれたので、心おきなくクリスマスパーティーができる世の中に早く戻りますようにと渾身で願っている。

三浦しをん

2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。『風が強く吹いている』『のっけから失礼します』など著書多数。最新小説は『エレジーは流れない』。