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season stories

そうめんとの攻防 三浦しをん

夏の食べ物といえばそうめん!

私は子どものころ、そうめんがあまり好きではなかった。ザルにどかーんと盛られて食卓に載ったので、どれぐらい食べるのが自分にとって適量なのかよくわからなかったし、つゆと一緒に煮られたナスがぐったりしていて、なんかいやだった。

大人になってからはナスも好物になったし、一人暮らしなので自分が一回に食べる量だけ麺を茹でればいいしで、そうめんにまつわる問題点はすべて解消された。前夜の残りの天ぷらを載せてちょっと豪華にしたり、マヨネーズで和えたツナとゆで卵を載せ、麵つゆをぶっかけたり、レタスとゆでた豚肉に食べるラー油をかけたりと、そうめんのアレンジと味のバリエーションは無限大。飽きることなく、夏のあいだじゅう食している。

そうめんは長期保存できるし、ゆで時間が短いのがいいところだ。おいしいうえに便利だなあと、実のところ夏以外にも食べている。

そうめんの楽しいポイントは、ゆでる際の「差し水」だ。鍋の縁までむくむくむくっと泡が盛りあがる。私はぎりぎりまで待って、ちょいと水を入れるのだが、タイミングを見誤って噴きこぼれてしまうこともある。ガスコンロが濡れてしまい、火が点かなくなって、「くそー、負けた!」とぶつぶつ言いながら、もう一個のコンロに鍋を移動させなきゃならない事態も生じる。

もっと早くに差し水をすればいいだけなのだが、そうめんとのチキンレースをどうしてもやめられない。生き物じみてむくむくふくらむ泡を注視していると、かすかな興奮というか高揚を感じる(変態じみている)。一瞬、テレビ画面に気を取られた隙に負けが確定したときなど、「あれほど気を抜くなと自分に言い聞かせたというのに……!」と、台所で一人地団駄を踏む。

そうめんは、食べるまえからエンタメを提供してくれるのだ。

三浦しをん

2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。『風が強く吹いている』『のっけから失礼します』など著書多数。最新小説は『エレジーは流れない』。