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お正月の空気 三浦しをん

ここ五年ぐらい、私の鼻は一月二日あたりに、杉とおぼしき花粉の飛翔を感知するのが通例となっている。「春」と言うにはまだ寒い時期なのに、気が早すぎるのではないかと我ながら思うし、くしゃみの合間を縫って餅を噛みきるタイミングを測るのはなかなか厄介だ。

しかし、むずつく鼻を抱えていても、お正月はやはりすがすがしい気分をもたらしてくれる。実際は花粉まじりの空気であろうとも、なんだか澄んで冴えわたっているように感じられるから不思議だ。

とはいえ、お雑煮やおせちを食べてはゴロゴロするという、絵に描いたような寝正月を過ごすのも通例で、やっと外出するのは三日になってからだ。そろそろ人混みも緩和されたかなと、近所の小さな神社へ初詣に行くのである。ついでに商店街も散歩する。

三が日は休みの店が多いので、ほとんどのシャッターが閉まっているが、ぷらぷらと道を行くひともけっこういて、「お餅を食べすぎて、『こりゃあちょっと散歩しないとまずい』と危機感を覚えた仲間だな」などと勝手に推測する。ありがたくも酒屋さんは営業しているため、ついつい日本酒など買いこんでしまい、「お正月の総仕上げじゃ」とばかりに、やっぱり三日の晩もおせちをつまみに自宅で飲むことになるのだった。「散歩で消費したカロリー取り返し合戦」があったとしたら、一瞬で優勝できる自信がある。

拙宅の玄関には、前年の十二月三十日にウサギのついたお正月飾りを取りつける。ウサギが好きなので、卯年じゃなくても頑固にウサギだ。お正月飾りを毎年再利用していいものなのかわからないが、一月七日にはずして袋に入れ、翌年まで棚に収納しておく。ウサギのお正月飾りは、卯年じゃないと入手がむずかしいから貴重なのだ。って、十二年に一度しかお正月飾りを新調しないのか。よく考えたら、いま使っているお正月飾りは十年選手で、物持ちがよすぎてちょっと気恥ずかしい感じもする。

お正月飾りをはずすときは、いつも「あーあ」とため息をつきそうになる。もうとっくに仕事もはじめているのに、「あーあ、今年のお正月も終わりか」とさびしいのだ。ゴロゴロするばかりだったとしても、やはりお正月の空気には特別なすがすがしさが漂っていて、お別れするのが惜しい。

三浦しをん

2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。小説に『風が強く吹いている』など、エッセイに『マナーはいらない 小説の書き方講座』など著書多数。