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season stories

ビー玉と金魚 三浦しをん

子どものころ、味も素っ気もない水槽で金魚を数匹飼っていた。神社の夏祭りですくってきたり、友だちからわけてもらったりした、 赤い金魚だ。 水槽の底に砂利を敷き、水草なども植えて、優雅に泳ぐ姿を眺めて楽しんだ。

しかし小さい水槽とはいえ、就学まえから小学校低学年ぐらいの子どもにとっては、水替えはなかなか骨の折れる作業だ。水を張ってカルキ抜きをしておいた洗面器に金魚を移し、庭の蛇口で水槽をごしごし洗う。ザルを使って砂利もすすぐ。洗面器のなかの金魚はあいかわらず優雅かつ楽しそうに泳いでいるが、私はあまり楽しくない。

そこで、水がぬるむ季節になったら、大事に缶に詰めていたビー玉を水槽の底にちりばめることにした。金魚も私も気分転換できるし、涼やかな雰囲気になるので、夏を迎えるにあたってふさわしい。

水槽の掃除を一時中断し、庭に置いた洗面器のかたわらにビー玉をぶちまけて、慎重に選りわけた。室内でやればいいのではと思うが、当時は野良猫がいっぱいいたので、金魚から目を離すのは危険なのである。最終的に、金色っぽいビー玉を中心に据え、まわりを青っぽいビー玉で囲むことにした。金色っぽいビー玉は稀少で、なけなしの財産(?)を金魚に捧げた恰好だ。

底に敷いた砂利のところどころにビー玉が光る水槽は、涼しげでなかなかいい感じだった。金魚はビー玉の存在にまったく気づいていないようだったが、私は満足し、それからも飽きることなく、日々かれらが泳ぐ姿を眺めた。水が冷たい季節になると、ビー玉はそぐわないのできれいに洗って回収し、本来の役割どおり転がして遊ぶのに使った。いま考えると、金魚にとっても私にとっても衛生的にいかがなものかという所業だが、おかげさまで水槽の模様替えは何年かつづいた。

それぞれに癖やお気に入りの場所があり、精一杯生きていること。季節のめぐりを楽しむこと。別れの悲しさ。あの小さくいとおしい魚は、子どもだった私にいろんなことを伝えてくれた。夏の気配を感じると、 ビー玉入りの水槽で泳ぐ金魚を思い出す。

三浦しをん

2000年、小説『格闘する者に○(まる)』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞を受賞。小説に『風が強く吹いている』など、エッセイに『のっけから失礼します』など著書多数。